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『今、ご覧のとおり、主がこのことばをモーセに告げられた時からこのかた、イスラエルが荒野を歩いた四十五年間、主は約束されたとおりに、私を生きながらえさせてくださいました。今や私は、きょうでもう八十五歳になります。 しかも、モーセが私を遣わした日のように、今も壮健です。私の今の力は、あの時の力と同様、戦争にも、また日常の出入りにも耐えるのです。(ヨシュア14章10~11節)』
こう告白したのが、イスラエル12部族の一つ、ユダ族の族長のカレブでした。自分に属するユダ族の「相続分」を、民全体の指導者のヨシュアに願い出ます。族長アブラハムが、エホバなる神に行くように、与えると言われたカナンの地に入った時にでした。
自分が80を過ぎた今、間もなカレブの言っている年齢になりますが、「壮健です」と言ったことに、あらためて驚いています。昨日、市民会館で、栃木市と「とちぎメディカルセンター」の共催の「医療から介護へのネットワーク」と題する公開講座があって、隣人の案内で参加しました。「とちの郷(介護老人保健施設)」の施設長の下枝宣史氏のお話と、とちの郷の職員のサーヴィス内容の現場報告とに二部構成で行われたのです。
それまでは、子どもたちが、当たり触らずの距離から、私たち両親の様子を気にして、メールや衣服や旅行までセットしてくれていたのです。ところが赴任先の隣国で、家内の病気が見つけられて、1週間の入院後に、急遽帰国して、北関東の大きな病院に入院治療を始めたことをきっかけに、4人が大変心配し始めてくれたのです。家内が末期ガンだったからです。
20年の間隔で、人の一生を考える見方があるのだと、講師のお話をお聞きしました。大まかなのでしょうけど、最初の誕生から20才までは生長期、次は、それを円熟させていく年月で、顔に責任を持つべき40才を迎えます。そこからは、下降線をたどっていき、60才頃からは、健康を保持できますが、確実に老化現象が始まってきます。そして色々な病や不調の80才以降に突入しいくようです。まさに振り返ってみますと、そんな20年を一区切一区切を歩んだように思い返されます。
心配の方が先で、自分も、『まだ元気、平均年齢よりも若く見えます!』と言われ、いい気持ちになっていましたが、四回目の20年を過ぎて、その年齢になっているのを改めて、強く思わされているわけです。急に、病気がちの今になって、病院通いがとみに増え、さらに、次のステージに入っている自覚がありますので、身につまされるように、自分の現状を知らされ、誰もが行く道の途上にあることを感じていましたから、ちょうどのtimingでの昨日の講座でした。
老人人口が、全体の半分ほどに近くになりつつある昨今、遠い将来かと思っていた領域に、否応なく仲間入りして、と惑うことも多くなってきている自分に、今は思ってもみなかった病気が多くなっています。まだ治療の可能な状況で、手術もしてもらっていますが、実は、もう一つの外科手術が、近々待っている現状です。講座をお聞きしていて、次のステップも間近さを感じてしまいました。要介護で、介護施設に通所、さらには入所を、そして「さよなら」を迎える年代の自分を認めなければならないようです。
父も、と言っても61で病室から、介護施設に行くこともなく、またサヨナラの言葉もなしで、直行してしまったわけですが、95で召された母も、若い頃の大病を克服して、歯も骨密度も高く、病気することなく弱くなっていき、最後は家ではなく、施設に入所し、私は隣国にいて最後に立ち会うこともできず、人の道を全うして、主の安息の中に行ってしまいました。
みんなが迎えるステージが、自分にとって間もないのを感じ、お話を聞いている間に、その「85で創建だったカレブ」、そのカレブが、『私の今の力は、あの時の力と同様、戦争にも、また日常の出入りにも耐えるのです。』と言い得たことが、羨ましくなって思い出されたのです。病院通いもせず、と言っても当時は病院も、通所入所の介護施設もありませんで、活発な老いを生きるカレブの告白、姿は、実に眩しいのです。
このカレブの壮健さの秘訣は何だったのでしょうか。結論から言いますと、「篤(あつ)い信仰」だったのです。どのような信仰かと言いますと、イスラエル民族の指導者のモーセが、12部族の族長を、これから入っていくカナンの地を偵察するために送り出しました。その偵察を終えた12人に、モーセは、自分たち見たこと、聞いたこと、そして感じたことを報告させたのです。
その内、ヨシュアとカレブ以外の10人は、「私たちはあの民のところに攻め上れない。あの民は私たちより強いから・・・私たちが行き巡って探った地は、その住民を食い尽くす地だ。私たちがそこで見た民はみな、背の高い者たちだ。」と、不信仰を告白したのです。ところが、この二人は、「私たちは、あなたがお遣わしになった地に行きました。そこにはまことに乳と蜜が流れています。そしてこれがそこのくだものです。」と、約束の地は素晴らしい嗣業の地だと、信仰をもって報告したのです。
それで、イスラエルは約束の地に攻め上り、神さまがアブラハムに与えると約束してくださった、自分たちの相続地を得たのです。それで、カレブは、ユダ族の相続地を願って、表記の聖書の言葉通りに願い出たのです。聖書は、「主に従い通したからである」と記し、従順や信仰の報酬として、相続地を得たと言うのです。エジプトを出た全イスラエルの夥しい数の人々は、荒野で死に絶えてしまいます。荒野の40年の間に生まれた者だけが、相続地のカナンに入れたのです。ただヨシュアと、このカレブだけが例外で、エジプトでの長期に亘る奴隷生活の実体験のあった二人だけが、約束の地を踏めたのです。
今朝は、日曜日の朝毎に行われる、自治会のラジオ体操会に出席しました。体を動かし、情報を交換し、安否を確認し合いながら、励まし合いながら、一人一人が老いを生きているのです。最年長は94才の方です。そのご褒美でしょうか、インスタントラーメン一包、インスタントカレー一箱をご褒美でいただいて帰って来ました。そう、「褒美」があります。信仰に対しての「報酬」と言ってもいいのでしょうか。神さまがお与えくださる《永遠のいのち》なのです。
(“いらすとや”の老人、“ウイキペディア”による最寿命国スイスの国花のエイゼルワイズ、カレブたちが持ち帰った果物です)
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