勝つ以上に意味のあることが

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 「駅伝」、正式には「東京箱根間往復大学駅伝競走」と言うのですが、そ の中継を、「TVer」と言うネット放送で見聞きしながら、あの熾烈な競走の様子を、目まぐるしいほどの若さの競い合い、その二日間の青春劇を観ながら感じたことが、いくつかありました。

 母校の名誉を託す「襷(たすき)」を繋いでいく様子に、同じような襷をかけていた、戦時下の出征兵士がかけていました。南方戦線で叔父は戦死し、どこで亡くなったかは不明のままです。この叔父の母校が、21チームのなかで走っていました。また兄たち二人、孫(長男の子ども)、関東学生連合チームの中に、弟と私の母校の出場があったからでしょうか、身近さを感じながらでしたが、やっぱり興奮させられるものがあり、あっという間の正月初めの二日間でした。

 この駅伝も襷も、江戸時代の街道を、手紙を肩に走り抜いた飛脚に由来していて、金栗四三の提唱で、1920年2月14日から2月15日まで、東京と箱根間の旧東海道を、往路5区、復路5区走り、今回は102回大会でした。以前は、今のような全国的な人気はなく、注目されていなかったのですが、年々歳々、人気度が上がって、沿道の観客の興奮が増し加わってきているようです。

 前年度の上位10校、予選会上位10校、学生選抜1チームの21校の出場での競技ですが、第一回大会は、4校の出場で、東京高等師範学校(現在の筑波大学です)が優勝し、今年は青山学院大学が栄冠に輝いています。

 駅伝コースの沿道に立ったことは、私はありませんが、その競技の様子は、昔からテレビで見て来ましたが、今回も、「運営管理者(監督がスタッフと共に乗って応援するのが目的)」がルールに従って、いわゆる「声掛け」の様子を耳にし、想像上以上の音量に驚かされました。

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 それを、「Peaking」と呼ぶそうです。監督に許される行為で、競技者に、かなり強烈に叱咤激励をするのです。サッカーの試合ですと、監督がフィールドの外に立って、肉声で指示を送る様子を見せるのですが、駅伝が、いつからか拡声器を使うようになったのが特徴的です。走者の健康を気遣うのと、精神性を高めるのが目的なのですが、ちょっと行き過ぎではないかなと思うような言葉を聞くこともあります。

 最高の走りをして、勝つための行為ですが、escalateして、褒めたり、叱ったり、心理的な暗示を与える、心の操作を感じてならないのです。その様子を見聞きしなが感じてきたのは、かつて、ナチスがドイツに政権を握ってから、国民を鼓舞し、人心を掌握するために、「宣伝省」と言う部門が設けました。ペッケルスという人物が責任者でした。その巧みな宣伝工作があって、党員を従え、第一次対戦後の不安に駆られた国民の支持を得ようと躍起でした。何と、キリスト教会もその道具とされたのです。

 劣等感の強い男が、それを跳ね返そうにして、妄想に囚われて、非人道的な方策を練って、政党を挙党し、それが時間と共に滅びへと連れて行ったのです。ヒトラーもケッペルスも同じよう劣等感に苛まれて立ち上がっていた人物でした。第一次世界大戦で負けたドイツの国民が、窮地に立たされた時に、彼が選ばれたのです。駅伝に、ケッペルスを取り上げたのは、少々飛躍的、作為的過ぎるでしょうか。

 何か勝つことのために、制覇するために、あらゆる手段を講じて、走者を誘導し、コントロールしているように思えてなりません。なだめすかし、ほめけなし、労ったり努力不足を責めたり、かつての運動部は暴力も厭いませんでした。脚力勝負だけではなく、心理的な暗示に操られているような、新興宗教にも似たようなチーム形成に感じてならないのです。

 監督の声掛けに、急に走力が増して、普段では見せなかった走りをしている走者もいます。孤独な競技を完走するために、あの手この手が使われるのです。ヒトラーが選んで、ほめて宣伝相とされたケッペルスが、あの時代のドイツ国民を、鼓舞して第三帝国の隆盛を図った、影の立役者でした。そのケッペルスが自作した小説の中で、こんな告白を、主人公にさせています。

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『他の少年たちが走ったり、はしゃいだり、飛び跳ねたりするのを見るたび、彼は自分にこんな仕打ちをした神を恨んだ。それから自分と同じではない他の子供たちを憎んだ。さらにこんな不具合者をなおも愛そうとする自分の母を嘲笑した。』

 「彼」に、そう告白させています。その彼の宣伝は巧みであって、第三帝国を完成させると自負しながら、自分に劣等意識をかき消すかのように、間違った道に突き進みますが、最後は家族を道ずれに、一家心中を図ってしまいます。劣等意識は、そんな風に受けとめ、克服しようとして誤った指導者に従った結果の悲劇的な最後を迎えたのです。

 人の劣等感を、心理的に操作することで、目的を達成しようするのはいけません。駅伝の輝く光の部分の影に、悲劇の部分もあります。女子の実業団駅伝に、「プリンセス駅伝」があります。2018年の大会で、岩谷産業の飯田玲選手が、右脛を骨折しながら、次の走者に襷をつなげるために、両膝で200mを進むと言うことがありました。無事に次の走者に襷は渡ったのですが、全治4か月の大怪我を負ったのです。

 だれも、その走りをやめさせなかったのです。そういった規定がなかったわけです。磐田玲選手は襷を手

に完走し、襷をつないだのです。でも、勝つことよりも走者の健康管理の方が、意味も価値も大きいのです。飯田選手は翌年には、駅伝奏者に復帰していきます。特攻隊員のような悲壮さは、スポーツには似合いません。楽しんでこそ意味も価値も感動もあるのではないでしょうか。

(“ウイキペディア” の広重の箱根、“イラストヤ” の駅伝選手、ドイツの国花のヤグルマキクです)

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