心の中の隠れた人柄を

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『あなたがたは、髪を編んだり、金の飾りをつけたり、着物を着飾るような外面的なものでなく、むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人がらを飾りにしなさい。これこそ、神の御前に価値あるものです。(新改訳聖書1ペテロ3章3~4節)』

 まるで”fashion show“のように感じられる皇室の行事に出席する、とくに皇族の淑女のみなさんの服装や装飾品に驚かされます。私たちの婚約式には、家内は姉上の指輪を借りて着けていたのですが、何一つ用意して上げなかった私でした。いわんや、ブローチも首輪もイヤリングも、これまで買って上げたことが、いっこだにないので、亭主失格なのでしょう。欲しがらないからです。w

 この正月行事を、Youtubeで見たのですが、ある方のものは数千万円もするようなティアラという冠、ブローチのようなものを頭につけ、首には煌びやかな宝石のネックレスを付けておいででした。新しく誂えたロング袖、ハーフ袖のドレスを着て臨席されていたのです。きっと芸能界デビューに似ているのでしょうか。お出ましの時には、お顔よりも、装いが前に出てしまい、庶民には程遠い、殿上人の世界の出来事のようでした。

 このティアラですが、ナポレオン時代の遺物で、権威と力を誇示するための装飾品、道具だったのだそうで、高位の立場を、それらしく見せ、誇るための飾り物で、他者、庶民との違いを誇るもののようです。宝石や金糸銀糸による公家や武士による一種の武装です。伝統を重んじ、行事を恭しく行うのは、何かを覆い隠し、補う道具だったという方もおいでです。

 高校生の時に、多摩動物園に遊びに行った時に、園内で孔雀を追いかけて、羽根を拾おうとしたことがありました。あの孔雀ですが、目の前で、『見て、見て、このわたしを!』と言うかのように、私の目の前で羽根を広げたのです。それは綺麗でした。鏡など見たことなどないのに、自分が、どれほど綺麗であるかを知って、その表示行為だったわけです。

 それで昨日、自分の箪笥の中をのぞいてみました。そこには、35年ほど前に買った吊るしの濃紺の背広が一着、同じく黒の式服一着、娘に買ってもらったツイードの薄手の上着、中国人の友人から頂いた裏地の付いた冬用のロングコート、それにネクタイは、ほとんど兄やニューヨクの聖書学校で教えていた方にもらった物が、都合に15本ほどが掛かっていて、もう今の自分には、着ることも締める機会もなくなってしまいました。
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 あの皇室のファッションショーは、買ったことも、着せて上げたこともない自分には、夢のようなキラキラと煌びやかさの世界の装いで、皇帝円舞曲が聴こえてきそうで、距離感が大き過ぎます。

 18歳の宮家の若いご子息が着ていた式服、背広は、上手に誂えた高級服地のように見えたのです。なんと数百万円はゆうにするのだそうです。学校を出て就職する時に、下の兄が紺の背広を、仕立屋さんで採寸して誂えてくれたのです。兄の当時の収入にしては高価だったようです。そんな過去がありますので、人生の最期に、きっちりした服をもう一度くらい袖を通してみたい思いはありますが、そんな機会がありませんから不要なのでしょう。まさに貧乏人の僻みのように聞こえそうです。

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 それで思い出すのは、聖書の中の「弟息子」が、遺産相続を願い、お父さんから財産を受け取ります。生前の財産分与でした。父に死んでもらうような願いでの要求だったのです。それを受け取ると弟息子は、すぐに旅立ったのです。旅先の地の日々で、遊興の限りを尽くしたのですが、その地に飢饉が訪れ、食べ物に窮するほどの事態を迎えます。

  お金のある間は、彼の周りにいた遊び仲間は、みな去ってしまい、彼だけが残され、豚の世話をさせられるほどに落ちぶれます。その豚のえさのレンズ豆を食べたいと願うのですが、誰もそれでさえも与えてくれませんでした。そんな惨めさの中で、彼は「我に返った」と聖書は記します。英語聖書で、”give me ”だった弟息子が、”make  me “に変えられていくのです。

 まず彼が思い出したのは故郷でした。父の家での豊かな生活やお父さんの優しさです。父の元に帰ろうと決めます。お父さんに会ったら、天とお父さんに罪を犯したと告白し、息子の資格を放棄し、「雇人のひとりにしてください」と言おうと心に決めます。そして帰って行きます。

 待ちわびていたお父さんは、家を去っていった方向に目を向けて、息子の帰還を待っていてくれたのです、彼を目の前にすると、抱き抱えて迎え入れます。死んでいた息子が起き上がって帰って来た喜びでいっぱいだったからでした。そして「一番良い着物・・・指輪・・・くつ」を、僕たちに持って来させるのです。《最上の服》を、彼に着せたわけです。それは、確かに高価な装いだったに違いありませんが、赦しと受容と父の愛を意味した衣服、宝石、履物だったことでしょう。

 一度だけ、ステージに上に立って、スポットライトを当てられた経験がありました。視線が自分に向けられていたのです。自分ではなく、スター(中国語では「明星mingxing」と言います)になった気分で、注目されると、何か舞い上がるような気分だったのを覚えています。その味は、忘れられないほど強烈なので、多くの映画スターや歌手が踊り手が切に求め続ける機会になって、忘れられないほのだ、と聞いたことがあります。麻薬をしたことはありませんが、それに似た強烈な高揚への誘いです。

 イエスさまが、生涯一度だけ、高嶺の頂に立たされたことがありました。『この世の栄養栄華を、あなたに与えましょう!』と、試みる者、悪魔、サタンから誘惑されたことがありました。それは十字架に行かないですむ[安易な道]への誘惑でした。人の心にある願望を知っている、この試みる者の策略だったのです。みんな舞い上がってしまって、みんな堕ちたのに、イエスさまはそれを聞いて躊躇されませんでした。『サタン、引き下がれ!』と言って、その高嶺から降ります。そして、十字架に向かって、まっしぐらに進んだのです。

 そんなことを感じた正月も過ぎて、寒波襲来の一月の下旬になりました。子どもことに、寒いなあと感じたことがよくあったのですが、やがて温暖化になり、今冬は、ずいぶんと寒く感じられます。日本海側や北海道では、大雪で、しばらく続くと天気予報と伝えています。

(“いらすとや”のティアラ、舞台ステージです)

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