.
ドヴォルザークは、ヨーロッパのチェコのプラハの出身の作曲家で、後年はアメリカに招かれて活動をしますが、4年ほどで帰国をしています。演奏の初めと終わりが、至極元気な「新世界より」が有名で、どなたも聴き覚えがありそうです。
お父さんは肉屋を営んでいましたが、トランペット奏者としても名手だったそうです。小学校の校長先生からヴァイオリンの演奏を、彼は習うのですが、腕前をメキメキと上達させていき、教会などで演奏をし始めました。お父さんは、その家業を継がせるつもりでいましたから、音楽に没頭していく息子を奪われてしまうような危機感を覚えて、学校を中退させて、よその街に修行に行かせるのです。
ところが、その修行先の街で、また校長先生と出会い、その先生が教会の礼拝でのオルガニストだったのです。その教会で、ヴァイオリン、ヴィオラ、オルガンの演奏や、作曲理論を学ぶ機会を。彼は得ます。その街に篤志家がいて、プラハの音楽学校で学ぶ機会を、ドヴォルザークに開くのです。
家内が、小学校6年の時に、ピカピカの一年生の女の子を連れて、隣町の小学校へ、一年間、電車通学の助けをしたそうです。その懐かしい関係を思い出したのか、手紙のやり取りがあって、ここ栃木にいることを知って、2年ほど前に、わが家を訪ねてきたのです。この方が、〈鉄ちゃん(鉄道フアン)〉で、「大回り乗車」を趣味にしていて、[優しいお姉さんの旦那さん]の私に、それを教えてくれたのです。
それ以来、誘発されて、JR東京圏の大回り乗車を、ペーパーの上で始めるようになってしまったのです。いくつかのルートを書き出して、擬似大回り乗車をします。最寄駅から隣駅までの乗車券を買って、反対周りの電車に乗って、幾つもの路線を乗り継いで来て、その周遊の後には、もう一方の隣駅で下車し、駅の改札で、『〈規則第70条、150条の選択乗車2〉で大回り乗車して来ました!』と言うと、下車できるのです。その下車駅から、私の住む街の駅まで乗車券を買えば、それだけの運賃で一回りできるのです。ただ途中下車は不可なのです。まだ実行してませんが、暖かくなったらやってみようと思っています。
あの鉄路の上を走る車輪の音、揺れ、駅舎の様子、駅員さんの業務ぶり、父が旧国鉄の車両の部品を扱う会社に関わっていたこともあって、自分も、そんな〈鉄オタ〉になったのかも知れません。小学校の国語の教科書で、鉄路と車輪の摩擦音の異常音を聞いて、事故を防止したヨーロッパでの実話を思い出したのです。その人が、このドヴォルザークなのです。この方は、子どもの頃から鉄道に強い興味を持った、18世紀の「鉄オタ」だったそうです。そう言えば、「新世界より」を聴いていると、電車がレールの上を走る光景や車輪の音が聞こえそうに感じるのです。
ドヴォルザークは、蒸気機関車が発明され頃に誕生していて、機関車や駅や時刻表や、機関車を運転する機関士などにも、強烈な興味を持った子ども時代を過ごしているのです。あの車輪のリズミカルな音を、聴くのが大好きで、駅によく出掛けたそうです。かく記す自分も、山奥から出て来て、旧国鉄の電車の走るそばで遊んで、列車音を聞いたり、保線区のおじさんたちの作業場に出入りさせてもらったり、同級生のお父さんが国鉄職員で、官舎に住んでいたからでしょうか。シュシュポッポの蒸気機関車の音も、汽笛の音も耳の奥に残っているのです。兄の同級生の家が国鉄関係者で、鉄道学校に進学して、電車の車掌をされていて、自分の乗った電車の車掌をしていたこともありました。
音感というのでしょうか、ドヴォルザークは、鋭い感性の持ち主だったので、いつも聞いている音と違う異音に気付くのです。『今すぐ汽車を止めて点検してください。走行音が異常だ、このままでは大事故に繋がるから!」』と騒ぎだしたのです。機関士は、『通常通りで問題なんかないのに!』と取り合わなかったのです。『いつもとリズムが違うんだ!音楽家の私の耳を信じてくれ!』と訴え続けたため、仕方がなく点検をします。するとドヴォルザークの言ったとおり、欠陥が見つかり、大事故を避けることができたのです。
私の世代が学んだ国語教科書に載っていた話で、家内もよく覚えていると言っていました。日本だけの話ではなく、ヨーロッパの片隅で起こった出来事を、教科書の教材に組み入れる、日本の教育の普遍性に驚かされるのです。そんな初等教育を受けられ、日本人の知的な骨格を作られたことを感謝している朝です。それにしても現代、世界中から、何か異音が聞きえてきているように感じて気になって仕方がありません。
(“いらすとや”の機関車と駅列車の保線作業の様子です)
.
























