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「涼しい」のだと学んだ言葉、“cool”が、『かっこいい!』の意味で使われているのを知ったのは、ずいぶん時間が経ってからでした。NHKのテレビ番組に、『COOL JAPAN〜発掘?かっこいいニッポン〜』がありました。この番組のビデオを使って、日本語クラスでも取り上げたことがあって、「日本の良さ」を、中国の若いみなさんに伝えたかったからでした。
今やcool な日本ですが、隣国に行って、日中戦争の体験者が心の奥にしまい込んで、時には表現する日本人観の一つが、「日本鬼子ribenguizi」でした。それを話してくれたのは、同じ教会の信者さんで、南京出身で、大学で音楽を教える教師でした。この方の世代が、七十年代で、文化大革命後、初めて外国映画として、上映が許されたのが、日本映画「君よ憤怒の河を渉れ」でした。
あの時代の若者たちだった彼は、『遠くまで出掛けて、3回も観ました!』と言って、日本贔屓でした。外国の物、映画も文学も音楽もファッションも、じょじょに解禁され、当時の若者たちは、反日の如何を問わず、手にし耳にし目にする機会があったのです。『duqiu dongrenを知ってますか?』と、初めて教会で会った時に、彼が聞いてきたのです。「杜丘冬人」のことで、高倉健が演じた、その映画の主人公の元検事の名でした。
その映画の上映が行われたのは、まだ、南京事件が国家的反日のキャンペーンになる前だったのです。南京事件が,どれほどが真実だったか、知る由がありませんが、当時の南京のみなさんは、そんなに反感を持っておいでではなかったのですが、南京陥落は事実でした。
戦時中に、日本軍の中に、「731部隊(石井部隊)」と呼ばれた秘密部隊があって、細菌兵器の研究が,中国東北部の街で行われていました。日本のエリート医学研究者たちの集団でした。終戦間際に解散し、多くの資料を処分して、幹部たちの多くは、証拠を隠滅して、軍を残したまま帰国してしまったのです。
確かに戦時中に、大陸に侵攻した兵士たちの中には、想像を絶する蛮行を行った人たちがいたのは事実です。兵役経験のあった方が、自慢話ではなかったのでしょうけど、きっと心に責められてだったと思いますが、腰に下げていた軍刀で、試し斬りをしたのだと言っていました。旧満州の地には、軍の検疫部があって、七三一部隊の管理のもとに置かれていた様です。当時の国立大学の医学部を卒業したエリート集団だった様で、医学は人を助ける役割を持つ反面、未知の病理の分野に深く分け入って、医学の進歩に寄与すると言う名目と、言い訳とで研究成果を上げるために、人体事件をしたと言うのです。
狂気の沙汰というほかありませんが、同時期に、ヨーロッパでも、ナチス・ドイツが、同じようなことをしていました。人としての良心をかなぐり捨てた蛮行は,拭いがたい人類の汚点です。戦争が人を、人の集団を狂気に投げ込んでしまったのです。同じ時代のヨーロッパでは、「ジェノサイド(ギリシャ語の「Geno(人種)とcite(殺人)という言葉を、ポーランド系ユダヤ人のレムキン氏が作っています)」つまり、ユダヤ民族の絶滅を掲げたナチスの狂気を、そう言ったのです。
もう一方では、「アーリア人」を最優等人種として、人種的にも優秀だとして、人工的に生み出す人種制作をしたのです。私の生まれた年にでした。人種的には、根拠のない考えを,ナチスが掲げて押し通したのです。知的にも優れ、金髪で、背も高く、容貌も体格も美しい人間を生み出すための、創造の神さまを冒涜する政策をはじめ、そうして生まれ、ナチス解体後に残された、優等だとされた「アーリア人」の子どもたちは、悲劇の戦後を生きたのだと言われています。
人類への冒涜を、押し通したナチスは解体してしまったのです。人は、憎しみを持ち、その思いを熟成すると、そんな犯罪を犯すのです。そう言った可能性を、誰もが秘めているのだとすると、恐ろしいことになります。今も、地球上の各地で戦争や紛争があります。今こそ、そのことへの警告に、耳を傾けなければならない時の様です。
『また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてないようにしなさい。これらは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではありません。(新改訳聖書 マタイ24章6節)』
聖書は、このまま何事もなく、時が推移していくとは言っていません。究極に「終わりの時」があると言うのです。台湾有事だけではなく、沖縄有事、日本有事があるのでしょうか。「窮鼠猫を噛む」、二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなってしまう隣国が、追い詰められ、内部崩壊に至ると、外に向けて軍隊を進めないとは限りません。注意、注意の今でしょうか。
(“いらすとや”のイラストです)
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